翌日。山賊達の寝静まっているところを襲撃するべく空が白む前にモニカさんとミラさんの2人はエンバーシャード鉱山へと向かった。
二人を見送った後はセラさんと並んで座り、いろいろと話を聞かせてもらう。

Sc1918
 
「じゃあ、セラさんが大学に居たっていうのは回復魔法を教えるために?」
「そう。最近ヒーラー志願の生徒が増えてきたみたいで友人に頼まれたの。大学の生徒以外にも、傭兵やってる人が初期魔法だけでもと学びに来てたわ。やっぱり回復魔法できる人がいると旅の安心感も違うもの」

うんうん、と頷いているとセラさんがじっと緑の澄んだ目で私を見つめる。

「ライアーちゃんはブレトンよね? 魔法は何か知ってる?」

不意に問われ、私は思わず目を瞬かせた。自分の種族なんて考えたこともなかった。

「あ、私、…魔法習ったことないんです」

もしかしたら習ってたかもしれないけれど何も覚えていないし、唱えられるような呪文も浮かばない。
返事に間が空いてしまったけどセラさんは特に気にすることもなく目を細めると、そっと私の手をとった。

「ライアーちゃんならすぐに覚えられると思うわ。ブレトンって個人差は勿論あるけれど、魔術に特性があるの。
 …今、掌にマジカを集めてみたんだけど感じられる?」

重なった掌がふわりと温かくなる。まるでお湯に手を浸したように、セラさんの手から私の手へゆらゆらとした熱が流れて撫でていく。

「はい、わかります…あたたかい」
「ね。マジカの流れが分かるなら使い方もすぐに分かると思う。せっかく時間もあるんだもの、試しに自分への治癒を覚えてみましょう」

Sc1919

自己治癒は回復魔法の基本らしく、教えられたスペルは思ったよりも単純なものだった。
私が少しだけ拍子抜けしたのがわかったのかセラさんが小さく笑う。

「呪文の言葉って言うのは簡単なの。大事なのは、それをイメージしてその通りにマジカを使えるかどうか。だから魔術に長けた人ならわざわざ呪文を口にしなくても頭の中でイメージするだけで魔法が使えたりするのよ。
 ライアーちゃんは今どこか痛いとか、具合悪いところとかある?」
「んと…昨日のお酒が残ってて、ちょっとだけ気持ち悪いです」

昨夜盛り上がっていた時に少しだけ飲んでみたのを思い出す。
甘い蜂蜜酒だったけれど喉が灼ける感覚を楽しむことなんて出来なくて、一晩経った今でも酩酊感が残っているようで気怠かった。

「昨日初めて飲んだんだものね。じゃあ、その気持ち悪さが風に流されて体の中が晴れていくってイメージしてみましょ? 私がやってるようにマジカを指先に集めてみて」

重ねたままの掌がまた熱くなる。セラさんのマジカを呼び水にして、私の中にあるらしいマジカを想像してそれが指先に集まるようにイメージする。
そうすると、今までセラさんのマジカに触れていた皮膚だけ温かかったのが内側から熱を発するように温かくなり始めた。

「そう…上手上手。そうしたら、そのマジカが風になって、体の中を流れていくのを想像して…」

セラさんに促されるまま胸元に手を当て、そっと瞼を下ろしさっき教えられた呪文を呟く。
指先に集めた熱が木々を揺らす風のように体の中を吹き抜けていく、そして木の葉をさらうように私の中に滞る気怠さを攫っていく――――

Sc1920
 
ふわ、と暖かな風が頬を撫で髪先が首を擽る。その心地よさに深く息を吐くと、私が余韻を味わうのを待ってセラさんが口を開いた。
 
「…どう?体の調子は」

訊かれて初めて体の奥にわだかまっていた淀みが綺麗になくなっていることに気付く。

「あ…すっきりしました…!」
「良かった。初めてでこんなに上手に出来るなら、もっと上級の魔法も覚えられると思う」

楽しそうなセラさんに私も嬉しくなる。
以前の私は魔術を習っていたのかもしれない。少しだけ自分を取り戻せた気がした。 

「あとは治癒の手ね、他の人を回復できるようになっておきましょう?」 

出来ることが増えるのは嬉しい。私からも是非にとお願いして教えてもらう。
他者に向けた治癒は自分を治癒するのとはやっぱり勝手が違っていた。
足りなければ治せないし、強すぎるとマジカが飽和して慣れない人だとマジカ酔いを起こしてしまう。

「大事なのは相手の痛みを思うこと。そしてそれを癒したいと強く願うこと。
 魔術に腕力は必要ないけれど、心の強さが大事になってくると私は思うわ」

セラさんの言葉は、ヒーラーとしてずっと他の人を癒してきた彼女だからこその言葉だった。

心の強さ。空っぽの自分に必要なもの。

セラさんを対象にして何度か治癒の手を練習し、 ようやくお墨付きを貰った頃には昼も近くなっていた。

「…うん、これだけ細部まで治癒できるならヒーラーとして十分ね。
 ふふ、必要な分だけ教えようと思ってたのについ熱が入っちゃった。疲れちゃったでしょう」
「いえ、ありがとうございます! これでみんなの役に立てます」

立ち上がってセラさんに深く頭を下げる。
何も分からなくても、少しでも出来ることがあれば疎まれることはないだろう。牢の中で感じたあの蔑む目を思い出し、振り払うように小さく頭を振る。 
その仕草を目に留めたセラさんが不安げに眉を寄せ、私の頬に手を伸ばしてそっと顔を覗き込む。

「大丈夫? 気持ち悪くなっちゃった? 一気にマジカを使いすぎると貧血みたいにふらっとしちゃうことがあるの」
「あ…いえ、大丈夫です。なんともないです」

心配をかけまいと反射的に思わずそう否定したけれど、それは嘘ではなかった。
ずっと魔法を使ってはいたけれどセラさんがいうようなふらつきはない。むしろ、まだまだ練習できる気がしていた。
ぎこちないながら笑ってみせると、セラさんはじっと私の顔色を確かめた後に安堵の息を吐いた。

「それならいいの。でも気を付けて、治癒も大事だけど、マジカを使い切っちゃうと逆に危なくなっちゃうからね」
「はい」

大きく頷いた私に「素直でいい生徒だわ」と冗談めかしてセラさんが笑う。

「モニカ達が帰ってくるまでもう少しかかるかしら。お昼食べて待ってましょ」

その提案に賛成して、オーグナーさんにリクエストを伝えにカウンターへと移動する。
今日は寒いから温かいスープにしよう。料理の美味しさは昨晩で分かってたから楽しみだ――――