テスラさんに案内されながら向かったのは、兵舎のすぐそばにある酔いどれハンツマンという酒場だった。
昼間だけどそれなりに人はいるらしく扉を開けた途端賑やかな人の声が聞こえた。
ずっと砦や地下牢の冷たい空気の中にいたせいか焚火の熱とほんのり香るお酒の匂いに圧倒される。
たじろぐ私に気付いてか、テスラさんはそっと私の腕を引くと入ってすぐ右手側の一角に向かって声をかけた。

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「モニカ、ミラ」

テスラさんの呼びかけに、一際明るい声で楽しげに話していた女性たちが振り返る。

「あれ、テスラじゃない」
「どないしたんテっちゃん、呑みにきたん?」

顔立ちがよく似た二人と、テスラさんに緩く手を振る大人びたダンマーの女性。

「ジェナッサさんもこんにちは。違うよ、まだ仕事中。
 ねえモニカ、確かエンバーシャード鉱山の依頼受けてたよね?」
「うん。今日の昼ぐらいに出る予定よ」
「その時にさ、この子を一緒に連れて行ってくれないかな」

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テスラさんに促されて前に出ると、ダンマーの女性が微かに目を瞠る。

「あら、その子…」
「そう、この間保護された子。身寄りがないみたいだからデルフィンさんの宿で住み込みで働けないか頼んでみようと思って。手紙も書いたから届けてくれる?」

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テスラさんの言葉に、髪をアップにした女性が朗らかな笑顔を閃かせる。大きな目がとろけるように細められるのが可愛い。

「それぐらいならお安い御用よ! ねえミラ?」

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「うん! ウチらもスピジャンに泊まる予定やし、それにテっちゃんの頼みやのに断る訳ないやろ?」

帽子が似合うほうの人は聞いたことのない話し方だけれど、耳に心地いい声。

「本当? ありがとう! プロヴェンタスさんには適当に報酬上乗せしてもらうように言っとくから」
「さっすがテっちゃん、話わかってる~」

ぼうっとしている間に話は纏まったらしい。アップにした方の女性が私へと振り返り口角を上げる。

「私はモニカで、こっちは妹のミラ」
「名前は? なんて呼んだらええ?」

ミラさんの問いかけに、傍らのテスラさんが困ったように「あー…」と声を漏らす。

「この子、実は記憶喪失で――」

私の境遇を説明しようとしてくれたテスラさんの袖を軽く引くと、テスラさんは不思議そうな顔をして私を見下ろす。
気遣うような表情に慣れないながら笑みを返して、モニカさんとミラさんに向かって頭を下げた。

「ライアー、です」

口にした名前にテスラさんとダンマーの女性が少しだけ目を瞠る気配がした。
“嘘吐き”なんて名前としてふさわしくない事はわかってる、でも呼ばれ慣れたそれは何もかもを無くした私に一番最初に与えられたものだから。
どんな反応をされるのか、少しだけ不安に思ったけれどモニカさんとミラさんは白い歯を覗かせて。

「ライアーていうんや。よろしくな」
「よろしくね、ライアー」

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なんてことないように、眩しい笑顔を浮かべた二人はこの名前を呼んでくれた。
自分自身がよくわからなくてずっとふわふわと宙に浮いたままのような気がしていたけれど、二人に呼ばれることでようやく地に足がついたような心地がした。