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「おい“嘘吐き”、立て」

ライアーと聞き慣れてきた名で呼ばれ、衛兵が今まで閉ざされてた牢の扉を開けた。
また尋問かな、と思ったけど続いたのは「釈放だとよ」と面白くなさげな声だった。

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「現場にいた全員死んじまってるし待てども訴えてくるような奴もいねえし、容疑者不明でお前は用無しだとさ。
 なあ“嘘吐き”、いい加減思い出したろう? どうせもう解放されるんだ、何があったか正直に吐けよ」

何度も何度も、あの砦で何があったのか尋ねられた。
でも私に出来ることは首を横に振るだけ。
…衛兵に捕えられて目を覚ます迄の事を、一切覚えていなかったから。

「ふん、また『何も知らない』、か。……嘘吐きめ」

今回も首を振った私に忌々しいとばかりの言葉が吐き捨てられる。
衛兵の顔を見ることが出来なくて、俯いた時だった。

「おい」

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凛とした声に顔を上げると、銀色の髪の女性が衛兵へ厳しい目を向けていた。

「その子は今日放免された子でしょう。何をしている」
「いえ、ちょっとした確認を…」
「確認、ね。無実の少女を詰る言葉が貴様にとっての確認だというのならもう一度訓練兵へ戻さなければならないな」

衛兵が何も言えなくなったところで、その女性は私へ柔らかい笑みを見せた。

「怖い思いをさせてごめんね。さっき説明があったと思うけれど、君は今日を持って釈放されることとなった。殺されていた死霊術師達はもともと罪を犯して手配書に書かれているような者達ばかりだったし、君があの人数をやったとは断定できないと結論が出てね。訴えを起こすような者も見つからなかったから晴れて自由の身ということだ。
…行くところはある?」

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さっきとは打って変わって優しい声。
気遣うようなそれに、私はまた首を横に振る。

「何も…覚えてないので」
「そう、だよね…。うちにおいでと言えればいいのだけれど生憎今は兵舎に空きがなくて。
 身を寄せられるような場所を紹介するから、せめてその恰好だけでも替えよう。私のお古だけれどちょうどいい服がある」

私は見つかった時のまま死霊術師が着るようなローブを着ていた。
見るからに陰気なそれに女性は苦笑いを浮かべて、私を連れて歩き出した。



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 「うん、似合ってる。お古と言ってもそんなに着てないものだから綺麗でしょう?」

ありがとうございます、と頭を下げると女性――テスラさんはふっと目を細めた。

「私に出来ることはこれくらいだから。…情報を集めるならホワイトランで過ごせたらいいんだろうけど、君が連行されているところを多数の人が見てるから違う村に移った方がいいと思う。
 知人を紹介するから、連れて行ってもらうといい」
「…本当にありがとうございます…。…どうしてここまでしてくれるんですか?」

犯人じゃないだろう、と言われただけで、もしかしたら本当に私があの惨状をつくりあげたかもしれないのに。

「私が君を見つけたからだよ。私が助けた命だから、出来る限りの事はする。
 人を手助けするために衛兵になったんだからね」

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テスラさんは事もなげにそう言ってほほ笑んだ。

あの血なまぐさい砦の中で目覚めてから、“嘘吐き”とずっと罵られ続けた私にそう言ってくれる。
全ての記憶を無くしてしまっているけれど、テスラさんの優しい笑顔は絶対に忘れたくない。そう思った。